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ロンドン2日目(最終日)

ロンドン2日目にして最終日。エディンバラからロンドンに着いた日は夜も遅くホテルにチェックインして寝るだけだったし、翌日はバーミンガムへ移動したので正式には昨日と今日がロンドン滞在期間となるのだと思う。

昨日、雨のロンドンも良いができれば晴れてほしいと願って一夜明けた今日。天気は晴れ。常に曇ってるロンドンと聞くが奇跡的に晴れる。気分よく昨夜のうちに買っておいたドーナツ2つとミネラルウォーター、シーザーサラダの葉だけを部屋で食べて、外へ繰り出す。まずはグローブ座に行こうと決めて。

しかし、やはり天気が曇ってきて、パラパラと雨が降り始める。きっとロンドンは本当にいつもこんな感じの気候なんだろう。だから街の建物は石などで造られた尖塔が多く、雨ばかりの気候にも耐えられる造りなのかもしれないと思った。
















グローブ座は意外にも木造建築物だった。このロンドンの気候で木造建築なのはここくらいではないのだろうか。昔の姿をそのままという事なのだと思うが、その風体がなんとも言い難い。グローブ座を後にし歩いているとセント・ポール大聖堂に出くわす。

1666年、ロンドンを呑み込んだ大火災はこの旧セント・ポール大聖堂をすっかり灰にしてしまった。かねてより国王に依頼を受けていたクリストファー・レンはこの復元プランをまとめて1675年から35年の歳月をかけて、この大聖堂を建設したとの事。ひとつの建造物に35年の時間をかけられるクリエイターのそれは計り知れない想いとは一体どんなものなのだろうか。私たちは自分の人生のうちの35年を費やしてひとつのものを作り上げられる機会なんておそらくほぼすべての人が出会えない事だろう。

次にバービカンセンターに辿り着く。『身毒丸』のロンドン公演が行われた劇場。また、水天宮ピットの名称の由来にもなったピットシアターがある劇場でもある。今日は本当にOFFなのだと心から感じる。すべての時間がゆっくりと流れていて、何にも背中を押される事なく、ただ自由に行きたいところにふらりと行くだけの時間。こんな時間は本当に久しぶりで人間としてなんて豊かな時間なんだと思う。いつもこうした時間では困ってしまうが、良いタイミングだったと思う。

その後も色々と外観ツアーを慣行したが、夜は再度グローブ座へ。

恥ずかしながらロンドンのグローブ座が野外仕様だという事を知らなかったので驚きを隠せない。『THE MERRY WIVES OF WINDSOR(ウィンザーの陽気な妻たち)』という芝居。ウィンザーとはカナダの方の地名だ。グローブ座の、劇場としての既存の姿と相まって田舎街のゆるやかな時間がにじみ出ている。昨日に引き続き言葉の壁はあれども、劇場がこの街に受け入れられている姿が見て取れた。











ロビーでは貸し座布団を1枚1ポンドで用意してある。このシステムの意味が分からなかったのでこれは何?と訪ねるとここの劇場は席が木製ベンチだからおしりが痛くならないように座布団を貸してるんだとの事。東京だったら絶対にそういう造りならば座布団の設置は常設で無料だろうにたくましい事この上ないし、チケット代が安いシステムになっているイギリスで「そこでお金を取る?」とも思った。しかも野外仕様なもんだから舞台にほどなく近いスタンディングの席は雨ざらし状態。合羽も販売していて今日みたいな霧雨状態の時には客は文句言わずに合羽を購入して平然と芝居を観ている。しかもスタンディング。これが日本だったらどうなんだろう。維新派とかだったら問題ないけれどもそれは少し特例で、常設劇場の在り方でこういう形というのは実に不思議。雨ざらし部分にはもちろん俳優も含まれていて、なんてアートに寛容なんだと思わざるをえないがシェイクスピアが生きていた時代に、芝居を観るための環境にとやかく言わないという意思の継承なのかと思った。尖塔ばかりのロンドンの街にポツンと小さく存在し続けている木製の劇場。そして休憩中に見つけた像。ボタンを押すと水が出てくるという遊び心にまみれたロンドン。明日、オランダへ旅立つ前にこの劇場の中に入らなかったら絶対に後悔していた。

ryo * - * 23:15 * - * -

バーミンガム→ロンドン

昨夜深酒をかわしたロンドン在住のイギリス人は朝早くホテルをチェックアウトし、車に乗って仕事に行ったようで、なんだかこの辺境の地に取り残された気がしたバーミンガムの翌朝。

少し遅めのチェックアウト11:00。朝余裕があったので底をつきた着替えの洗濯を試みる。風呂場で洗い、ドライヤーを使ってひとつずつ乾かしていく。こういう作業は旅ならでは。11:00になったのでホテルからタクシーでそのまま駅に向かい、ロンドンへ戻ろうとする。が、このバーミンガムの駅でホームの表示通りになかなか乗らせてくれない。最終的に分かったのだが、1時間30分で移動できるつもりで2時間30かかった電車はやはり別物で、ほぼ鈍行に近い列車だったようだ。多分、1時間くらいたらい回しにさせられた。それでやはりここバーミンガムも少しロンドンから離れているので多少なまりが地元民にはあるようだ。ロンドンの言葉の明瞭さとは桁違いだった。そしてバーミンガムはなによりも多国籍!本当に色んな人種がいて、昨日夕方には思わず少し危険な場所に入ってしまうというトラブルもあった。空気で分かる危険って本物だと思う。

そして、なんとかかんとか列車に乗り込み、ロンドンへ向かう。

ロンドンのホテルに着いた時にはなんだか実家に帰って来た感覚に教われた。それだけロンドンと東京の“暮らし”という事については何か共通点があるのかもしれない。今日、明日しかロンドンにいられないので行動を開始したいが生憎の雨。フロントで4.99ポンドの折りたたみ傘を買い、ふらふらと歩く。Natipnal Theatreに辿り着いたのでそのまま当日券を買い、1本芝居を観る。これが『The Habit of Art(アートの習性)』という作品で当日券購入はハーフプライス。そして劇場ロビーで食べた食事が日本食をのぞき、これまでで一番良かった。雨模様のロンドンでも傘をさしている人はあまりみかけない。観光客が多いのか皆、来ている服にフードがついていて、それをかぶって街を歩いている。分かる、その気持ち。普段重い荷物を持って行動しているので傘なんて持ちたくないよ、天気が良い日には傘なんてただの棒切れでしかない。と私も言いたい。

作品に話を戻すが、それは稽古場風景をそのまま舞台に上げた作品で、舞台上には稽古用セットが置かれ、その周囲にはお茶場や演出席、音響スタッフの席などが配置され、その日の稽古の始まりから終わりまでのリハーサルの様子を描き、時には稽古を中断し、俳優が自分の演技理論を俳優同士で討論したり、時にはプロデューサーが皆をたしなめたりと英国のリハーサル風景ってこんな感じなんだ(もちろん誇張はあり)というのを覗き見できた気がした。













最後にはこうした色んな人々がいて、作品を創っていく過程に難題は山積みだけれどもこれがアートの習性なんだよね、と(ほぼあっていると思う!)言っていたと思う。↓は夜のNational Theatre。シンプルな作りだが、古典的なつくりが多いイギリスの建物と比べるとむしろ好印象を持てる。今を創っている劇場という気がする。














今は雨がやんでいるが明日の天気はどうなるんだろうか。雨のロンドンも素敵だが、できれば晴れてもらいたい。
ryo * - * 11:12 * - * -

ロンドン→バーミンガム

昨日はロンドンのスタンステッド空港に着いてからロンドン市内へ向かうためのバスか列車の2択。疲労困憊のため、迷わず列車を選択。




ロンドンのリヴァプール駅は主要なターミナル駅。そこから地下鉄に乗ってチャリングクロスという駅へ向かう。ロンドンの地下鉄はまるで都営大江戸線のように掘ったトンネルのギリギリのサイズの列車で3分に1本くらいの割合でやってくる。車内の大きさも大江戸線と同じくらい狭く、なんだか東京にいるみたいに感じられる。トンネル内を走っているといきなり車内が暗くなったり、軽くなったりとロンドンの地下鉄は意味が不明だ。

チャリングクロス駅というのがNational Theatreとほどなく近いところにある駅だと知って少し得した気分になる。ここからすぐのホテルに泊まった。

一夜明けて翌朝、来たばかりのロンドンを後にして一路バーミンガムへ向かう。ガイドブックを読むとユーストンから1時間30分らしいのだが結局2時間30分かかった。どうやら最も安いチケットを手配してくれたようで、乗っている間にいつ着くのかとやきもきさせられた。

バーミンガムにあるTHE REP(レパートリーシアターの略がREP)を訪ねてしばし劇場関係者と話し込む。ここは北九州に新幹線で入る時の景色と酷似している。バーミンガムは世界中の宝石の約40%の生産量を誇る地域らしいのだが今では再開発が進み、建物が色々と改修され続けている。そしてTHE REPも2013年のリニューアルオープンに向けて改修に入る予定で街にある中央図書館と合体して、リニューアルオープンをするそうだ。

今日の宿はこのままバーミンガム。ホテルでふと話しかけてみた人がロンドン在住の人で、そのまま意気投合して3時間くらいホテルのバーでマンツーマンで飲み続けた。きっと日本ではこういう事はあり得ない。
ryo * - * 10:54 * - * -

エディンバラ5 to ロンドン

エディンバラからロンドンへ移動予定の日。早朝6:25エディンバラ空港発-ロンドンのスタンステッド空港着の飛行機。で、起きたのが5:45。目が覚めた瞬間に時間に遅れた事に気がついた。一度は4:00に目が覚めたのだけれどもそこからまた眠りに落ちた記憶が目が覚めた瞬間に呼び起こされる。

とにかく空港へ行かなければの気持ちですべての荷物を抱えてホテルのフロントに行き、タクシーを大至急で呼んでもらう。すぐにタクシーは来て、乗り込んだのだけれども車内で間に合うかを聞いたら答えは当然「No」。あっという間にホテルに引き返す。ホテルに引き返すと陽気なホテルマンが「おっと、またチェックインするのか!?」みたいな事を言った気がする。冗談もほどほどにして欲しい。

事情をすべて説明するとどうやら乗り遅れたとしてもeasyjetというイギリスの格安飛行機は振替ができるらしい。日本でそういう習慣がないのでいまいち信憑性に欠けると思ったが再度、タクシーでエディンバラ空港へ向かう。今日も小雨が降っていた。空港に着いて、どの受付に行けば良いのか分からなかったために大分たらい回しにされたが、正規料金との差額を支払って振替る事が本当にできた。なんて、素晴らしきシステム。猶予の国イギリスに感謝。ただし、次の便が約9時間後という狭い空港に缶詰状態もキツいなと思いながらも雨が大分強くなってきたのでそのまま空港で待機。朝の忙しなさを一旦落ち着けることにする。

それから2時間くらいは空港にいたけども雨が少し止んできた事に併せて極度の空腹から市内中心に戻ることを決める。精神的疲労にはやはり米が一番だと思い、日本食は諦めて中華を探しまわったが執念の探索の後に奇跡的に日本食の店に辿り着く。はじめてガイドブックが役に立った。醤油がひとつひとつのテーブルに置いてあり、店内には「天城越え」が高らかに流れている店には寿司はもちろん、天ぷら、カツカレー、さらには鱈の西京焼まで置いてあり、一気に癒される。とりあえず野菜の天ぷらと白飯と味噌汁のセットを注文。天ぷらは塩で食べて、精神が最高潮に回復する。















店に最高の感謝を告げた後に路上で行われている大道芸を観て回り、再度空港へ向かう。

怒濤のエディンバラを後にして、ロンドンへ飛ぶ。
ryo * - * 10:27 * - * -

エディンバラ4

エディンバラでゆっくりと動ける最終日。昨日確保したチケットは2作品分。TACT/FESTで「こどものための舞台芸術」について考えるようになったため、子供向けの作品を確保していた。『The Night Keeper』(こども向け)というものと現地で留学中の人から勧められた『Pas Perdus』(大人向け)という作品。後者は自分でも気になっていた作品だった。こうして見ると、なんとなく感で良さそうなものはやはり見分けられるんだなという事に気がついた。

『The Night Keeper』は見た目に相当若いパフォーマー達で構成されているカンパニーの作品。こども向けというと日本では丸字文化が邪魔をして、とにかくかわいく、とにかく分かりやすくとなっていくと思うのだが、海外のTheatre for Childrenは意識が違う。こども向けだからと言ってレベルを下げないし、様々な趣向が凝らされていて大人でも飽きさせない演出がされている。この若い年代のパフォーマー達がこども向けの作品に既に興味を持っていて、本気で時間を使い、上演するという環境は非常に興味と好感を持てたし、日本に持ち帰れるものも多かったように思う。

『Pas Perdus』は秀逸作品。広さで言うとどの劇場が見合うだろう。三鷹の星のホールが近いかもしれない。いや、吉祥寺シアターくらいはあったと思う。舞台は非常にシンプルでリノリウム敷きの舞台に3×6の平台をもう少し大きくした、きっと5×8くらいの平台が5つだけ舞台上に配置してある。言葉がほとんどないフィジカルシアター。コミカルでスタイリッシュで時にドリフのようで、やっている事は非常に単純なのだけれどもこうした言葉のない作品は世界的フェスティバルでは評価が高くなりやすい。パフォーマーは全部で4人なのだが、それぞれともに職人的技を持っていて、「パフォーマーと呼ぶには技を持っている事がひとつの条件になるのかもしれない。」と感じさせてくれるクオリティだった。日本ではなんだかなんの経験値もないのに「私は俳優です」と言った瞬間にそれが認められると私は勝手に感じているのだけれども、この世界を作り出すために必要な力量というのは確かに存在していて、世界ではまだそれが条件になっているんだと再確認する。とにかく未熟な日本の表現者たちに爪の垢を煎じて飲ませたいと思った一作。

Edinburgh Festival FringeだけではなくInternationalも観なければと思い、Festival TheatreのBook Officeへ。4つ星の演目のチケットを確保できたので夜が楽しみになる。エディンバラというかイギリス?では開演時間の何時間も前から劇場のロビーでアルコールや食べ物と共に観劇前の社交、観劇後の社交の場に劇場が使われている。やはり国民の芸術に対する認識が圧倒的に違うのは間違いがない。そして、それは何によって形成されたのか、何によって保たれているのかという事を考えるきっかけになった。日本はインターネットや娯楽の多様化が爆発的に増加したため、芸術よりも手軽に得られる人生の豊かさ?を味わってしまっているのかもしれない。街行くバスの車内や劇場ロビーでは誰も携帯とにらめっこなどしていない。日本の電車の中ではもう人や社内中吊り広告はほぼ見えない空気のような存在と化していて、手元にあるバーチャル世界にばかり没頭している。こんな状態で舞台芸術の無形財産に目を向けろという方が無理難題だと思う。











ただし、その期待のInternationalの作品が面白くなかったというのが事実。たまたまこれだけ面白くなかったのかもしれないが、完全な振付けされた作品を見せられてしまった。それが残念でならない。作品はオムニバス的なダンスの発表会形式で最もやってはいけない形式と取れた。観客は観客でいちいち、区切りで拍手をしてしまうし、本当にそれが良いと思っているの?と思えるような幕切れでも口笛で囃し立て、賞賛を送る。王室気取りかと辟易したが、終演した直後に隣のグループが「ベリーチープ」と一言もらした事に多少の救いを得られた。

エディンバラ最後の観劇と思っていたけれども、これが最後ではあまりにも悲しいと思い、終演後5分後に開演する演目があったので、その当日券を求めに雨のエディンバラを動く。こういう動きが出来ることがこのフェスティバルの良さでもある。

作品は『シャドーボクシング』というタイトル。日本だったらこんな作品名で来る観客は一体どんな客なんだろうかと思ってしまうが、その名の通り、いわゆる駄作だった。それでも50名くらいのキャパの会場に観客は30名程度。観劇、という事に対する意欲がこの街では確実に根付いている事が素晴らしい。クオリティだけで言ったらどちらかと言うとこちらの方が低いのだけれども、生きている人間の様を描いていたので少し気持ちが回復し、宿へ帰巣。
ryo * - * 09:19 * - * -

エディンバラ3

エジンバラからエディンバラと表記を変える。どうやら正式な日本語表記はエディンバラらしいという事が分かったので。

いつも曇り空のイギリスと聞いていたが、本当にいつも曇り空。「晴天!」という日がほとんどないイギリス。そして日が異様に長い。朝は6時or7時くらいから明るくなって夜は22時頃まで暗くならない。緯度経度の違いを身を持って体感している。

エディンバラは坂が非常に多くて、50Lのバックパック満載の荷物を担いで坂を昇り降りするのはそれだけで一汗かくくらいの運動になる。宿がいつも同じなら大きな荷物を宿に置きっぱなしにして持ち歩き用のバッグひとつで動き回れるけれども、宿を日々転々としている身だと、どうやって荷物を減らして動くかという事を考えるのがライフワークのひとつになる。

昨日エディンバラのセンター駅:ウェイヴァリー駅に一日7ポンドで預けたバックパックを引き取りに行き、午前はチケット確保に勤しむ。Book Officeといういわゆるチケットセンターがあって、Edinburgh Festival Fringeのチケットはすべてここで販売されている。ここで今日、明日のチケットを購入。長蛇の列がBook Officeにはできているのだけれども、この列に並んでいる間に街で上演している団体のキャスト達がこぞってハガキサイズのフライヤーを持って、宣伝してくる。ここで宣伝してくる人たちは集客に苦しんでいる人たちが非常に多いのでクオリティは信用ならないと勝手に思い込んでいるが、きっとこの状況は万国共通だろうと思う。ただ、皆、実にフレンドリーで街全体で舞台芸術を楽しもうよ!みたいな空気が蔓延しているのでただのポン引きのような存在とは全く違う。

今日は小雨が降ったりやんだりと安定しない天気。湿度こそ低いがこうした降ったり止んだりの天気は結構面倒くさい。













写真はトラバースシアター。観たい作品があったのだけれども、Sold Outで観れなかったのが非常に残念。

21日のチケット3つを確保し、22日のチケットを2つ確保する。列に並んでいる人の年齢層は本当に多層でここまで幅広い人達が演劇を観るということに情熱を抱いてエディンバラに来ている姿を見ると、よく聞く、日本の舞台芸術環境の意識の低さを感じざるを得ない。ヨーロッパに行ったきり、そのまま住み着いてしまうというのも分からなくはない。

街には大小様々なスペースがあって、当然、劇場ではないスタジオ(リハーサル用のスタジオ)でも上演されている。その中でも夜に開演ギリギリの時間で駆け込んで観た『Tabu』という演目はすごい。いわゆるサーカスなのだけれどもタイトル通り、タブーなサーカスを繰り広げる。安全帯をつけずにもろもろの技をこなしていく。安全帯をつけるのって自主性だったの?と思ってしまった。安全帯をつけるのが通常なのか、それともつけないのが実は本当のサーカスなのか、分からなくなった。会場にいるすべての人が大興奮し、宙に舞うパフォーマー達のひとつひとつの技に賞賛を送っている。

観客がいてこそ成り立つライブの純粋な形を目の当たりにできた一日。

ryo * - * 08:49 * - * -

エジンバラ2

疲労困憊で明けた翌朝。結局、2時間ごとに目が覚めて意味不明な睡眠。朝食のバフェで出てきたソーセージが不味かったのには驚愕。ソーセージが不味いなんて意味不明。どうしたら不味くできるんだろうか。イギリスの食は本当に不可解極まりない。

もう滞在中の食のクオリティは諦めてとりあえず行動にでる。まずは駅まで行って大荷物を預けに。なんせ、日ごとに宿泊先が違うものだから大きな荷物は預けるしかない。


















手始めにアッセンブリーに当日券で観に行った芝居がたいして面白くなかった。こんなもんだろう。いくら世界的に有名なフェスだからと行って、集め方が多岐にわたるのだからしょうがない。駄目なものもある、そして当然、良いものもある。それへの出会いも含めてのフェスかもしれない。アッセンブリーでは飲食店にまでトラスが設置されていて、たいへん勉強になった。露店と言えど手を抜くべからず。

















昼頃、Kさんが日本から来ていたという情報をキャッチしていたのですかさず合流する。エジンバラでの行動の参考に。待ち合わせをした広場では同じ時間に大道芸人がパフォーマンスをしていた。同じ時間にやるんだな。というか、同じ時間に一体、いくつのパフォーマンスが行われているんだろうか。iPhoneのアプリで今日一日の演目を時間軸ですべて網羅してくれるものがあって実に便利だ。このアプリ、日本でも開発されないだろうか。日本だとひとつのフェスだと機能しないのでCoRichがこうなるとものすごく助かる。地域別に。よいものも悪いものも同時に出ることになるが。

今後のことがあまりにも決まっていないので観劇を自粛して、今日のホテルにチェックインして、以後の予定を組み立てる作業。とかなんとかしていている間にこのブログを書き始めてしまった。久しぶり。どう書いて良いのか分からない。

とにかく、イギリス滞在中はどう動くのかがまだ未決定なので決定していないということもあった。あと1日寝かそう。と、いうことで先にオランダの宿泊先を決定した。


















とりあえず今日の手配はここまで。

実は明日の宿がまだ決まっていない。
ryo * - * 01:57 * - * -

東京発ーエジンバラ着

TACT/FESTが終わるまでほとんど準備ができていなかったにも関わらずエジンバラへの旅立ちの日がやってきてしまった。



完全にバックパッカーよろしくの格好で成田へ。エジンバラ直行便ではなく、アムステルダム経由での便なので結構な時間がかかる。機内はひたすら暇だった。ネットがないという状態だと他にすることがないというのは、もはや現代の病気。時間つぶしで立ち寄ったアムスのスキポール空港はなんだか閑散としていた気がした。世界有数の空港なのに。



やっとこさアムステルダムに着くも、まだ乗換が待っている。しかも最大の懸念事項だった、アムス-エジンバラの搭乗券を印刷していないという事態がやはり問題を引き起こした。今回はMさんに勧められてeasy jetなるものを使ってヨーロッパ間を移動しているのだけれども、搭乗券は自分で印刷するという方式。あまりにも忙しくてなかなか印刷できないままに旅立ちの日が来てしまったので心配していたのだ。



なんとかなるだろう。そう思っていたが、やはりなんとかなった。一旦は「乗れないよ!」と相当に無愛想に言い放たれたが、乗る順番が最後になっただけで無事、エジンバラまでたどり着く事ができた。ちなみにスカイマークの機体をこれまで鉛筆、鉛筆と呼んでいたけども、easy jetの鉛筆さ加減に敵うものはないかもしれない。世界は広い。

エジンバラ空港に着いたのは自宅を出てから約20時間後。さすがに疲れた移動日。

見知らぬ土地では消耗した体力はなかなかに戻らない。もう何もする気がなくなってとにかく寝る。が、3時間ごとに目が覚めるという矛盾。
ryo * - * 00:56 * - * -

TACT/FEST 発売は6/27(日)より!

『TACT/FEST』(タクト/フェスト)8/6-8/15 こどものための舞台芸術フェスティバル。海外から5ヶ国の作品が結集します。発売開始は6/27(日)より。
http://www.geigeki.jp/saiji/011/index.html#01

TACT/FESTではフランス、ドイツ、デンマーク、ベルギー、カナダの5ヶ国の作品が集結。どの作品も単純なこども向けの作品というわけではなく、大人でも十分に楽しめる作品。「今、なぜ、こどもへ向けた舞台芸術が必要なのか。」これについて考えてみたい。

分かりやすいところから入ると、まず私たち舞台芸術に関わっている人達は何歳から演劇に関わるようになったのだろうか。私の場合は19歳の頃で、舞台芸術というものに対して興味が先立った為に知識が相当に不足していたと思っている。よくもまぁ、そこからやってきたという気持ちもあるが、やはり周囲の理解はその当時、まだまだ感覚的に足りなかったと思えるし、肩身も狭いものだったと認識している。この“肩身が狭い”ということから脱却するためには自分自身に“ある種の自信”が必要だったわけで、この自信を得るために相当の労力を割いてきたと思っている。つまりは自分自身が舞台芸術で何かの成果を残していないと、世間に“私は演劇に関わっています。”と、言えない気がしていたのだ。こんな世の中に諸外国に匹敵する文化予算がつくわけが無い。

これが、日本という国のシステムとして「こどもの頃から常に舞台芸術作品を観て、参加するのが当たり前。」という状況が確立したらどうなるのだろうか。答えは簡単。例えばこども達にとって同世代の7割程度が舞台芸術に触れて成長したとしたら、その世代が大人になった時に自分の周りに舞台芸術があるのが当然だ、ということにつながる。過半数を超えているのだから今度は逆に舞台芸術に触れて来なかったことの方が“肩身が狭く”なってくる。当たり前の状況下で育ったことにより、舞台芸術という分野が人生の選択肢として受け入れやすくなり、それがまた多様性をもった雇用の創出にもつながってくる。そして小さな頃から多くの作品を観て育つことにより、良質なものを判断する目は肥え、感受性の豊かな成長を遂げる。芸術立国という言葉を引き合いに出すならば明らかに必要なことだと分かる。要するには芸術立国をするためには生まれた時からの環境を変える施策を20年、30年計画でやっていく必要があるだろうということである。自分たちが今、生きている時代をより良くする必要もあれば、それにかける労力も必要だが、後世へ基盤を託す思考も当然のごとく必要なはずだ。

私と同世代の舞台芸術関係者は20年、30年後にまだ舞台芸術を見つめている状況にある。その時に変わった日本を見たい、作りたいのならば、『TACT/FEST』は、自分にこどもがいないから関わりを持たないという判断はちょっと間違いで、こどもの為の舞台芸術を自分の目で観て、理解する必要があるのです。そして、目指せとは言いがたいが、先を走っていることが確かな諸外国の舞台芸術の在り方を体感する必要があるのだと思うのです。

海外へ行かずとも良質な芸術環境に触れられる、またと無い機会ということなのです。
ryo * - * 02:20 * - * -

お子をお持ちになるという事

そろそろ水天宮ピットがオープン大詰めに差し掛かっている。

今日は別の用事だが現地に行くとまた、完成に一歩近づいている現状。もう腹から我が子が生まれてくる直前に非常に近い。つわりが日々やってきてる状態。「この事はどうするのー?」みたいな。常に母体に質問が投げかけられる。

実際の現場を使う立場になってみるとまだまだ調整をする余地はいくらでもあって、それが無性に気になってくる。初年度では手を付けられない事も多々あり、その部分がやや、やきもきするのだが、子供が生まれて来た時は常に裸で、そこから子供服を身にまとい、身長が伸びて、言葉を覚え、という段取りの事を考えると生むまでが仕事ではなく生んでからがその子供の人生のスタートなのだと言う事を思う。これは人生も舞台芸術の創造活動拠点も同じ事だ。

多分、これは他の企画も同じ事なのだろう。手を離せない事業があるというのは子供を持つと同じ事だと理解する。
ryo * - * 00:44 * - * -
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