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北区田端「芸術劇場」

<2011年度>
芸劇eyes番外編『20年安泰。』6/24〜6/27
Asian Cultural Council 2011/7 2011/11〜2012/3
渡米2週間前
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    当人同士による決意は最も重要だけれども第三者が介入していないとそれがあっという間にもろく崩れる事はよくある。行動原理が分からない、分かっているのだけれどもどうしても納得いかない事もある。確かなものを手に入れるためには確かなものを求めるのではなく確かなものを提示するしかないと思う。そうやって包み隠さず生きてきたがそれは凡人的感覚でもあるのだろうか、なかなかに理解相容れないもの。
    先は長いが、解決したらどうやったって揺るがないものが手に入るだろうからまだ走れる。
    | - | 02:47 | - | - | | ログピに投稿する |
    バナナ学園純情乙女組:二階堂瞳子
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      多分、こういう想いをするのは10年振りくらいなのではないだろうか、はっきりと年数が思い返せない。いかに自分が人間に興味が無かったかを改めて思い知らされる。そう思い返すだけで既に自分の変化が感じられるという事なのだからそれはそれで先に進んでいるという事。人間に興味が無かったわけではなく人間に興味を持たないようにしていたという事に気がついてしまい、これまでを反省するばかり。動かされてしまったものに超反発していこうとするも無惨に打ち首、そして切腹自害。

      PのN穣に「この団体をどうやって売っていくつもり?」と数ヶ月前に言い放たれたけれども私はきっと団体というよりも個人に対しての興味が深くてその行き過ぎた感覚だけですべての事が処理されていくのだと思う。というかそれしか無い。要するにすべての人に対して愛情を持てるわけではなく、特定のものにしか執着できない気質があり、すべての歯車がそれで回っているのだと認識せざるを得ない。私は今は二階堂瞳子というアーティストが何よりも大事で必要でそれだけが結構すべてで。キチ◯イ的感覚だが、それでちょうど良い。

      日々、絶望に駆られながらも、でもやはり心から愛していて。

      成長して欲しい。人間としても、アーティストとしても。
      | - | 03:55 | - | - | | ログピに投稿する |
      渡米まで3週間ちょっと
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        走ろうとすれば走ろうとするほど確かな信頼の中で生きていたくて、もしもそれが信頼しえないモノだと感じてしまった時には次の一歩を踏み出せない。だからそれを感じないようにするというのはただ不健康になる我慢でしかない。

        この世の中は今、使い捨て時代で次から次へと事象が通り過ぎる。あっという間に目の前で起きた事が消費され、吐き捨てられていき、ほとんどのモノに意味が付与されない時が多々あるが、その渦中にいて整理がつかないまま無かったものにしていくのは切なすぎるし、横暴すぎる。ただのしこりになるだけだ。

        確かなモノが欲しいというのは一点の曇りも無いという事であり、走るために不可欠なモノだと思う。いや、違うか。確かなモノが無くても走れる人はいくらでもいる。人の生き方というのはそれぞれの美学があり、方針があり、ルールがある。新しい日常を作るためにはそれ相応に自分の考え方を曲げる必要も出てくる。それをできる事が求められているのだがなかなかすぐに生き方を変えていくのには時間が必要すぎる。しかしながら時間が無い。もう少し時間が欲しい。だから今は一日が大事すぎて時には精神が錯乱するんではないかと思えてきたりもする。

        周りを変えたければ自らが変わるしかないのは当然の事だが、確かなモノを作るためには一人で走っていても意味がない。誠実に、より誠実に。一点の曇りも無く、ひとつ方向を見定めたいだけ。想うから崩れると考え始めたら末期症状。何も隠したくないし、何も隠されたくない。本当にそれだけ。
        | - | 23:40 | - | - | | ログピに投稿する |
        Asian Cultural Council Grant スタート
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          Asian Cultural Councilのグラントがスタート。
          第1期と第2期に分かれるという例外的なグラントの受け方で、第1期が3週間弱(7/7〜7/26)、第2期が2011年11月〜2012年3月という行程。

          芸劇eyes番外編『20年安泰。』の忙しさが目まぐるしかったのでほぼなんの準備もできないままにこの日を迎えたと言っても過言ではない。留学という理由から3ヶ月以内の渡航でもJ-1ビザを取得しなければならなかったが、ビザが実際に手元に来たのはフライトの15時間前。あぶなすぎる。振り返るともう何年も前のLAへの渡航も確か何かの千秋楽の数時間後のフライトだったり、昨年夏のヨーロッパへの渡航もTACT/FESTが終わってからほとんど2、3日で渡航していたのだからもはや常識的な感覚になっている。

          今回、あえて渡航前に準備できたと言えば被災地の石巻市に実際に行き、現地の状況を自分の目で確かめ、写真を撮ってきた事かと思う。被災地は自分の想像とは多少異なり、当然と言えば当然だが前向きな人々の言葉をもらえた事がなによりだった。

          JFK国際空港に現地時間で7/7のAM6:30到着。日本を出発したのが日本時間で7/7のAM6:40だから完全に時が止まった形。劣悪な睡眠状況に慣れていたこの2,3週間なので大した精神的被害は受けていない。到着するとリムジンが待ち受けていて気持ちが上がる。

          空港→ホテル→ACCオフィス→銀行口座開設→ACCオフィス→ホテル→ピーターブルック『魔笛』観劇→現グランティの日本人と夕食→タイムズスクエア→ホテル→仕事(今ここ)のような濃い一日。

          『魔笛』はお世辞にも手放しで褒められるものではなかった。クオリティが低いわけではないがピーターブルックがこの程度では問題でしょうと。これなら東京の小劇場だってなんら遜色無いと感じてしまう。そんな事言ってよいのだろうか。

          やはり来年もしくは再来年、何か持ってこなければ。ですよ、やはり。
          | - | 02:37 | - | - | | ログピに投稿する |
          【日本版アーツカウンシル】最も問題なのは専門委員と運営委員の存在。これではPD・PO登用の効果が期待できない。
          0
             時間が無いながらも日本版アーツカウンシル案を読む。

             「文化芸術活動への助成に係る新たな審査・評価等の仕組みの在り方について(報告書案)」に関する意見募集の実施について
             http://www.ntj.jac.go.jp/assets/files/kikin/topics/pdf/kikin110601.pdf

             初読直後は「内容が非常に薄い」という印象を受けた。全体の報告書について様々な論点からの意見があったが、制度の根本的なところをまず見つめなければならないと考え、論点を1つに絞った。おそらくここが変わらなければその他の問題のすべてが解決されないように思える。

            <意見>

             「すべての国民が芸術文化に親しみ、自らの手で新しい文化を創造するための環境の醸成とその基盤の強化を図る観点から、芸術家及び芸術に関する団体が行う芸術の創造又は普及を図るための活動等を継続的かつ安定的に支援するものである。」

             上記の芸術文化振興基金助成事業の本来の目的は今回で示されているPD、POの導入により特に効果を促進するものと考えておりました。

             しかしながらこの度の報告書案には「文化庁から交付される補助金により振興会が実施するトップレベルの舞台芸術創造事業(以下「平成23年度における審査・評価等の仕組みについて」において「事業」という。)のうち、平成23年度において音楽及び舞踊の2分野において新たな審査・評価等の仕組みを試行するに当たり、以下に示す方法で実施することを提言する。(報告書案P.5)」や、「PD及びPOは、審査及び事後評価の公正性を担保する観点から、審査や事後評価に関する決定権を持たないこととする。(報告書案 P.10)」とあります。

             日本版アーツカウンシルの導入というのはこれまでの助成金分配のシステムの抜本的な改善のためのものであったと思っていますが、この度、報告書案として公表されたものを読む限り、これではまずもって助成対象活動の中央一極集中化の緩和はもとより(最低でも平成23年度においては芸術文化振興基金に対してのPD、POの関与は無しと捉えています。)、PD、POの登用による制度刷新の効果は期待できないと思っております。

             それは運営委員会、部会や専門委員会等の在り方が刷新されておらず、PD、POの新たな存在による効果を明らかに妨げる存在として立ちはだかると思えるからです。

             むしろ運営委員会や部会こそ決定権を持たず、主には適正な採択及び助成金額の配分が行われているかの報告を受けるための諮問的存在であるべきであり、また、専門委員においてはPDが兼ねられる事は内容を見ても明白だと考えます。そしてプログラムディレクターという役職名において、通常付随すべきであるディレクターとしての権限を剥奪されているようにも思えます。

             本来であればPDは機関が助成すべき団体の選定及び決定権を持つべきであり、これではわざわざPDを配置する意図が不明瞭と思わざるをえない。常勤で専一的に関わるPD、POの意見は非常勤で参加する運営委員のアドバイスを受け業務を進行すべきと思います。PD、POに幅広い世代層を登用すれば運営委員会、部会、専門委員会とむやみにフィルターをかけて公正性を担保している現状よりも実質的な公正性が担保されるのではないでしょうか。

             また、PD、POだけでは実態調査をすべて行えないと明記してあるが、そもそもどの程度の採用を検討しているのかが示されない中で、「実態調査をすべて行えない」という事が明記されるのには違和感を覚えます。また、POの元に調査員をつけるという発想は何が起因しているのかも不透明であり、これでは公正性の担保どころか、調査員は若い人材で数を用意し、POは運営委員会、部会、専門委員会に傾倒する人材を配置されるだろうと思われても仕方がないように思えます。

             公正性とはこれまで芸術文化に長い間従事してきた専門的な知識を有した人材で仕組みを固める事ではなく、次代を担う存在にその権限と責任を与える事で芸術文化の社会的価値を意識させ形成されていくものであるべきと考えます。これには時間を要すると予測しますが、既存の価値基準を一度洗い流し、再生させるからこそ次代の意識を刺激するのだと思います。

             特に芸術分野における次世代は今後の20年、30年を支える義務を持ち、こうした場でもって育成されるべきです。この報告書案は案としてであり、多くの方のパブリックコメントをもって、抜本的な見直しがされる事を期待します。
            | - | 20:52 | - | - | | ログピに投稿する |
            留学のご報告
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              昨年より提出をしていたアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)への申請の結果通知が届き、本日5/19、NYへ今秋留学する事が決定しました。

              http://asianculturalcouncil.org/japan/

              ACCの存在は私と同世代の演劇人にはあまり知られていないようですが、文化庁における新進芸術家海外研修制度(以下、「在研」という。)に近いもので、在研は渡航先が世界各地対象なのに対してACCはニューヨークでの研修が主な対象となり、演劇部門ではあまり事例がないように見えますが「チェーホフ?!」でドラマトゥルクとして関わっていただいた鴻英良さんをはじめ、調べてみると私達の周囲にもACCでNYに留学に行っていた方が多数いらっしゃいます。

              私が海外に対し興味を持ったのは実際には昨年の事で、それから留学に対して向き合おうとしてからの瞬発力には我ながら少々驚きがあります。海外の舞台芸術に興味を具体的に持つようになったのは昨年夏に東京芸術劇場で行ったTACT/FESTIVALに関わる事になったのが大きな原因であると私は理解していて、その夏のフェスティバルが終わって数日後に急遽飛行機に飛び乗りエディンバラ、ロンドン、バーミンガム、グローニンゲン(オランダ)、アムステルダムと駆け回りました。都市規模での経済循環の役割を担った演劇フェスティバルの存在に触れ、世界的大都市の演劇社会の歴史に触れ、多国籍混合で100万という人口の地域に根ざしたパブリックシアターの岐路に触れ、日本人アーティストが招聘され活躍しているフェスティバルの現場に触れるなど、それは自分の今まで関わってきたカタチとは大分異なる経験で疲弊の危険性が伴う30代の制作者にとって非常に価値ある時間だったと思われます。帰国後、様々な経緯があってニューヨークに行く事となりましたがヨーロッパとアメリカの芸術文化の性格の違いをはじめ、芸術自体の在り方などをよく見つめなおしたいと思っています。サバティカル的な形も30代制作者にとっては必要だとは思いますが、どうやらもう少し追い込まれる形での体験が待っていそうで身が引き締まる想いです。

              7月に一度、短期間滞在で月末もしくは8月上旬に一時帰国し、11月からまた5ヶ月程度の渡航となります。ちょっと自分の演劇への関わり方も含め、一度整理する良い機会となるかと思っています。

              これに伴い、自身の活動にも多少変化が起こらざるを得ない状況ですが大分凍結させていた劇団制作社のサイトももう少しだけ動かしたいと思うようになりました。先の事は誰にも分からくなった3.11の歴史的事実があるのならば今だからこそ変化を受け入れられる体質になるべきだと思い、今後20年の自分の時間を大切にしたいと思っています。
              | - | 23:59 | - | - | | ログピに投稿する |
              海外へのメッセージ
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                震災から1ヶ月。日本では随分と色んな事が変わってしまいました。

                1995年の神戸での阪神淡路大震災よりも多くの方が亡くなり、今回の震災での正確な犠牲者を私達が把握するのにはまだ時間が必要だと思われます。4/19現在、約3万人の死者・行方不明者がいます。これは届けられている件数から割り出した数値であるので家族全員届け出不可能というケースであったり、身寄りのない独り身の方々を含めればさらにその数はさらにふくれあがると思います。

                東京でも地震発生の日は主要な電車、交通機関がほぼ停まり、多くの帰宅困難者が出ました。多くの施設が一時的な支援所として夜を徹してその活動を続けました。また、東京タワーは先端部のアンテナが曲がり、スカイツリー建設の最中、この事態に乗じて今迄の活躍をひっそりと終えて退陣するかのような意図的なものにさえも見えました。

                3月11日14時46分18秒に発生した東北地方太平洋沖地震は地震だけではなく、様々な困難を私達に課します。節電、ガソリン不足、放射性物質、水などが代表的ですが、最も大きい災害は自粛ムード。このムードは被災地だけではなく、日本全体のムードとなっています。この自粛はまず電力の節約という形をとり、日本国民全体が電気、エレベーター、花見、野球の応援らを自粛するようになりました。これは非常にオーバーな事です。家電量販店などの客案内のガイダンスなどもその傾向が見えます。

                今、日本では多くの会社に倒産の可能性が考えられます。それは企業や学校行事のキャンセルが相次ぎ、それにより、日本経済の60%にまで及ぶと思われる消費支出に影響を与え、もともと停滞していた日本経済に浸食効果をもたらすからです。この流れは日本における社会経済の回復を妨げ、復興のスピードを確実に遅延させると思います。

                被災地に視点を向けます。そこでは様々なものが不足しています。水、食べ物、安心して眠る場所、暖房、医薬品、ガソリン。救援物資はありますが、どれもまだまだ充分ではない。被災した幼い子どもに見られる行動のひとつに災害遊びがあると聞きます。それは積み木を重ねていき、積み上がった物をを壊す「地震ごっこ」です。心理学者が言うに、災害遊びは厳しい現実を目の当たりにした子どもが心を癒す本能的で必死の努力とのこと。不謹慎だと大人は叱りがちだが、温かく見守り、もし周囲に迷惑をかけそうだったら、穏やかに子どもに遊ぶ場所を変えるように促してほしいとの事です。

                今、日本に対して海外の方々はどのようなイメージを抱いているのでしょうか。私達日本人は日々、様々な不安が生活に影響を及ぼし、今まで通りのモチベーションで生活をしていく事が非常に困難になっています。が、それに反して自分たちの国をなんとかしなければならないという想いも同様にあり、強い意志を持って生きています。もしかしたらこれほどまでに日本人が同じ気持ちをもっている事はなかったのではないかと感じます。

                私は海外の方々がこれで日本離れをしていく事に危機を感じています。同じ日本人でも被災者と支援者、そして被災地とそうでない地域があるという事を理解して欲しい。そして海外からの声援を強く望みます。

                今、私が考えるべきもの、それは芸術の存在は何なのだろうかという事に尽きます。被災者の支援や復興のために文化が果たせる役割は何か。今、日本では文化・芸術ができることは大きく分けて2つあると、ある人は言います。ひとつはチャリティーコンサートなどを開いて被災地への義援金を集めること。地震の発生以降、海外のアーティストなどが公演をキャンセルし、空いている会場がある。そのような場所を使ってチャリティー公演を開くという動きが既に出ている。例えば美術分野では、芸術系大学の学生の作品をチャリティーオークションにかける。それは社会や経済を活性化し、義援金を集めて被災地へ送る事ができます。また、美術館や博物館でもチャリティーのいろんな仕組みが考えられる。

                もうひとつの役割は、アーティストたちによる心のケア。実際に被災地を訪ね、音楽を演奏したり、演劇を上演したりして、人々を励ますことです。神戸での地震の時に、被災者に喜ばれる効果があったと聞きます。日本の文化庁では予算の一部を確保して、重点的に被災地へのアーティスト派遣の支援に使うアイデアがあるようです。人間は衣食住が足りるだけではなく、精神的に力や勇気を得ないとなかなか立ち直れない。生命救助が最も大切なのは当然のことだが、不安におののきながら暮らしている人々が立ち直れるための精神的なケアも必要です。特にこどもたちにとってはこのショックがトラウマになる危険性がある。

                私の分野である文化・芸術を使って被災地の人々の心を癒すにはどうしたらよいのだろうかと考える必要があります。避難所におけるエコノミークラス症候群を防ぐのに、モダンダンスも効果があると聞きます。私は今だからこそアートを通じて精神的、肉体的な回復を助けたい。

                同様に海外のアーティスト達にも日本が一丸となって復興に取り組んでいることが伝わると良いと思います。この震災の影響は1年、2年のものではないのは既に分かっています。長く続く問題だからこそ、今、海外の人達と話す必要があります。これからの10年、人々が力を合わせて立ち直っていく姿は、若い世代にとっては何よりの励ましであり、希望です。リアルな希望を支えるのは、社会がよりよい状態に変わりうることの、具体的なイメージなのですから。
                | - | 23:00 | - | - | | ログピに投稿する |
                平成23年度助成対象事業発表
                0
                   平成23年度助成対象活動が決定。3月30日付けで芸術文化振興基金助成対象活動と芸術創造活動特別推進事業助成対象活動一覧がUP。

                   その結果分析をしてみると、芸文振はH22採択159件/要望568件/採択率28.0%に対し、H23は採択164件/要望558件/採択率29.4%と前年比+1.4%。ただし、助成交付予定額はH22が406,000(千円)に対し、H23は397,500(千円)-2.1%とほぼ横ばいの結果。

                   芸術創造活動特別推進事業はH22の採択179件/要望249件/採択率71.9%に対し、H23は採択164件/要望246件/採択率66.7%と前年比-5.8%。助成交付予定額もH22が955,600(千円)に対し、H23は900,000(千円)前年比-4.7%と減。

                   芸文振と特別推進の総額での比較をするとH22は1,361,600(千円)/H23は1,297,500(千円)と前年比-4.7%と全体的に64,100(千円)の減額という結果。
                  | - | 01:03 | - | - | | ログピに投稿する |
                  今、演劇人が亀裂を起こすべきではない
                  0
                    この震災が起こって以来、自分の身の回りの環境と状況がめまぐるしく変わってきていてそれを目の当たりにする事がどんどん自分を変容させていっているのが分かる。ある人は現地の状況を永遠に繰り返す映像を見つづけてパニックになったり、ある人は105時間不眠不休の仕事をこなしたり、ある人は急に閲覧にパスワード制限をかけてブログを再開したりととにかく自分の身の回りでの変化が著しい。それだけ大きなショックを与えているのは誰もが知っている事実だがそれにしても1億3千万人の行動の変化には目を見張るものがある。自分はその波紋程度ではあるが実際に影響を受けたひとりでそれがどんなものであったかは今だからこそ記録しておく必要がある。

                    今回の震災でとにかく「人と人が会うこと」の意味について考えさせられた。被災地では3.11以降家族や親戚と会えない状況が未だに続いている人達や、会う事すら叶わない現実を突きつけられて前を見る事に絶望している人がいる。かくいう私も一人Youtubeで映像を見続けていたら、海岸沿いを走っている車が波によって一気にその車体を海面に浮かされて横転する映像や、実際に人が乗った直後の車が津波に押し流されていく映像、広い田圃を走行する中で押し寄せてくる津波から逃れるために急いでUターンする行列の車たち。見た目は無機質に動く物体にどれだけの恐怖が付随していたんだろうかと思うとゲロを吐きそうになる。

                    それが現実に世の中で起きている事なのかすら不確かだったように思う。震災発生時から2週間以上がたった今日まで自分がとった行動の大部分は人と会う事。完全なる無意識の中でやってきたが、少しだけ冷静になった今、腑に落ちた気がする。

                    目の前に起きている事を自分の目で確認しなければ怖くてなにも意見が持てなかったし、そして自分の身の回りの事を守らなければと思ったのが大きい。

                    どうしたら解決策を見出せるのか、擦り合せる事が必要だった。この何日か本当に人と会っていた気がする。不安を解消するためにもなったし、情報を得て先に進む考え方をもらったと思う。

                    今、演劇人が亀裂を起こすべきではない。

                    今まで小さなコミュニティの中で生きてきた自分には少なからず多からず敵がいたと理解している。が、しかし、今そんな事はどうでもよくなってしまった。一生話さないと思っていた人と先日は宴席で目の前に座り、その人の思っている事、考えている事を聞き、返答する。私の事を知る人にとっては驚きだと思うがそれでもそれが必要だったと思うからそれで良いと思う。今、つながる手立てをなくした人々はまさしく二次被害の餌食になっていく。

                    こんなにもパニックな状態なのだから人の意見は様々であるのが当たり前だ。でも体がある以上、ここで生活をしている以上、会う事が重要であると私は言いたい。方向がずれていても本質的な軸はぶれていない事を理解して、つながりを持つ必要がある。

                    私達はまだ20年、30年と演劇界に関わり続けるのだからこんな事で投げっぱなしジャーマンスープレックス状態で関係を凍結化してしまうのではなく、そこから発展する議論につなぎ、自分達の時代を築かねばならない事に気づいてしまったのだから。細かく言う必要はないと思うが、私の今の仕事は人と人をつなぐ事にあると思っています。

                    真摯に。
                    | - | 01:31 | - | - | | ログピに投稿する |
                    心のケアのための芸術活動の予算
                    0
                      3月25日付けの日経新聞に文化庁長官の近藤誠一さんによる心のケアについての記事が掲載されました。未読の方は是非ご一読ください。

                      -----以下。

                      東日本大震災の発生から2週間。被災者の支援や復興のために文化が果たせる役割は何か。文化庁の近藤誠一長官は被災者の心情に配慮したうえで、「チャリティー公演の開催」と「アーティストによる心のケア」を挙げる。

                      文化・芸術ができることは大きく分けて2つあると思う。

                      ひとつはチャリティーコンサートなどを開いて被災地への義援金を集めること。地震の発生以降、外国のアーティストなどが公演をキャンセルし、空いている会場がある。そうした場所を使ってチャリティー公演を開くという動きがすでに出ている。大いに結構だと思う。

                       節電に配慮しつつ、通常の公演とともにどんどんやってほしい。現在はそうした催しへの後援を検討しているところだ。

                       美術では、例えば芸術系大学の学生の作品をチャリティーオークションにかける。社会や経済を活性化し、義援金を集めて被災地へ送るという貢献ができる。美術館や博物館でもチャリティーのいろんな仕組みが考えられる。我々がそのひとつの触媒になれないかと考えている。

                       まだ行方不明の方が多数いらっしゃる状況なので、そうした計画を大々的に打ち出す時期ではないが、いずれ必要になるときが来る。そのための準備を進めている。

                       もうひとつの役割は、アーティストたちによる心のケア。実際に被災地を訪ね、音楽を演奏したり、演劇を上演したりして、人々を励ますことだ。阪神大震災のときに、被災者に喜ばれるなど効果があった。予算の一部を確保して、重点的に被災地へのアーティスト派遣の支援に使いたい。

                       補正予算でも心のケアのための芸術活動の予算を確保したい。人間は衣食住が足りるだけではなく、精神的に力や勇気を得ないとなかなか立ち直れない。

                       生命救助が一番大切なのは当然のことだが、不安におののきながら暮らしている人々が立ち直るための精神的な救助も必要になってくる。特に、子どもたちにとって、このショックがトラウマになってしまう危険性がある。

                       心の傷を癒すには何より文化・芸術がいい。避難所におけるエコノミークラス症候群を防ぐのに、モダンダンスも効果があるという。アートを通じて精神的、肉体的な回復を助けていきたい。

                       被災された方々の心情に配慮しながら、被災地の現状に応じて、できるところから始めていきたい。タイミングをきめ細かく見ながら、できるだけ情報をつかみ、アーティストに提供していく。被災地とつなぐ窓口をつくろうと思っている。

                       文化・芸術の関係者も含め、日本が一丸となって復興に取り組んでいることが海外にも伝わるといい。日本に来て被災者の力になりたいというアーティストがいれば迎い入れて活躍してもらう。

                       今回の地震で398件の文化財の被害が現在のところ報告されている。早いうちに被害の全容を調査し、修理・復元などを国が支援する。いざ復興が始まると、先祖から伝えられてきた有形無形の文化財は、地元の人々の心の支えになる。コミュニティーのシンボルが失われてしまうと後で非常に後悔することになるだろう。

                       世界遺産の候補になっている国宝の中尊寺(岩手県平泉町)も今のところ大きな被害は聞いていない。(世界遺産を登録する)ユネスコに早く知らせようと思う。こうした文化財が地元の誇りとなり、復興の力になるだろう。


                      ------以上。


                       ―――上記、記事について


                       「補正予算でも心のケアのための芸術活動の予算を確保したい」とあるように被災者への心のケアは国の意思として立ち上がろうとしています。

                       今回の震災で公演中止にせざるを得なかったアーティストの方々、またはこれから先、夏期の公演を計画しているが集客への不安を抱えていたり、宣伝は非常にしにくいので・・・。という不安を抱えている団体が多くある中、被災地への心のケアのための芸術活動を具体的にどうして成立させるかを考える機会が出てきたかもしれません。ボランティアではなく、仕事としてです。

                       不謹慎な発言ととらないで欲しいのですが、この活動を推進する事は被災地の方々にとっても、この先の芸術活動に不安を抱えている団体にとっても非常に有効な手段になりうるかと思います。

                       この記事は今後の演劇界にとって非常に重要な可能性を秘めていますが誤解を受けやすい内容なので慎重にみつめる必要があると思います。
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